毎日新聞「幻のレンブラント」報道やっぱり「でたらめ」
記事の根幹を頼る「鑑定人」の怪しさ
週刊朝日、2007年08月10日号(2007年07月31日発売)
毎日新聞の1面トップになった「幻のレンブラント」という記事のお粗末さを本紙が7月20日号で報じたところ、毎日新聞社から「抗議文」が届いた。「でたらめ」と掲げた本紙の一部広告が「名誉を著しく傷つけた」という。では、毎日の記事がどれだけ「でたらめ」なのか、もう一度お伝えしたい。
簡単な経緯はこうだ。
毎日新聞大阪版は3月16日朝刊の1面トップに、
「幻のレンブラント」
と大見出しをつけ、次のように報じた。
〈オランダ最高の画家とされるレンブラント本人力描いた可能性のある「黄金の 兜の男」という作品を、大阪市の会社社長が所蔵していることが15日分かった。油彩画修復の第一人者で、美術史家の黒江光彦・元国立西洋術館主任研究官が鑑定した〉
〈社長が昨秋、亡くなった父親のコレクションを整理していて偶然見つけ……〉
これに対し、本誌は7月20日号(7月10日発売)の「『幻のレンブラント』報道のお粗末」と題した記事で、▽絵の本当の所有者は九州の会社経営者A氏で、毎日記事で所蔵者とされた大阪市のB氏は絵の売却を委ねられて一時的に預かっていたにすぎない▽B氏の父親の遺品ではない▽絵を鑑定した黒江氏は、B氏から金銭的な援助を受けるなど不可解な点があった、などの証言を報じ、一部の広告見出しに「でたらめ報道」と掲げた。
すると、毎日新聞は本誌に「抗議文」を送りつけ、左ページのような記事を掲載した。抗議文では、本誌が見出しの訂正や謝罪などをしない場合は「法的措置を取る」と断言し、こう記していた。
西洋美術史が専門のある大学教授はこう述べる。
「毎日の記事にはあきれました。世界には微に入り細に入り、専門的にレンブラントを研究している人たちがいる。そういう研究者を素通りして、レンブラント直筆の可能性が高い、とぶち上げるのは早すぎます」
美術評論家の 瀬木慎一氏も、切って捨てる。
「ヨーロッパで描かれた西洋画を日本人が鑑定しても大した意味はないんです。たとえば 尾形光琳や 雪舟、 俵屋宗達などの日本画が出てきたからといって、どこか別のアジアの国で鑑定しても、そんなものアテにならない。それと同じことです。第一、黒江さんは修復家であって、鑑定のエキスパートではないんです」
この画廊オーナーに、「黒江鑑定」が実際の売買の際にどれほどの値打ちを持つかを聞くと、こう話した。
「黒江さんの鑑定書がついていても、市場では流通しませんし、われわれは扱いません。世界的に有名なクリスティーズやサザビーズのオークションに出品したくても、『黒江鑑定』では拒否されますよ」
黒江氏が国立西洋美術館にいたころからの旧知の仲の美術関係者は、こう話す。
「私は黒江さんの鑑定をいくつか見たけれども、20世紀以降の鑑定のしやすいものでも、当たり外れは五分五分といったところです」
そして、この関係者はこんな話を明かした。
「黒江さんは5年くらい前、方々から借金をし、夜逃げしました。経済的に窮して、世間に顔が出せない状態になったんです。久しぶりに新聞に彼の名前が出たと思ったら、『レンブラントの真作を発見した』などと、とんでもない話を引っさげて現れたのです」
売却成功すれば「報酬」は億単位
7月20日号でも記したが、黒江氏は、絵の売却を急いでいた大阪のB氏の管理する家に住み、B氏のクレジットカードで買い物するなど金銭的に頼っていた。また、鑑定の報酬は「絵画が売れたときの5%」と話していた。これでは鑑定の客観性を疑われても仕方ないだろう。
問題の絵が「レンブラントの真作」として売れたならば、どれぐらいの値段がつくのだろうか。複数の画商に聞くと、現在、世界的な絵画相場は上がっていて、
「レンブラントの真作ならば、30億から40億円は下らないでしょう」
という。つまり、5%の鑑定報酬は億単位になったかもしれないのだ。ちなみに、ほとんどの画家の鑑定料は一律3万円だという。
黒江氏に再度取材すると、2002年に自己破産していたことを認めた。
「8億円かけてアトリエを造っていたんですが、スポンサーが病気で倒れてしまい、資金繰りがつかなくなった。昼間でしたが、夜逃げですね。レンブラント(と鑑定した絵)が売れればよかったのになあと思っていますよ。そうすれば借金を返せるじゃないですか」
毎日新聞の記事を書いたのは大阪社会部のT記者。黒江氏によると、毎日新聞が所蔵者と書いたB氏とT記者は絵の取材以前から知り合いだったという。
毎日新聞が発行する週刊誌、サンデー毎日の2月11日号にB氏の経営する建設会社の企業広告が1ページを使って掲載されている。
黒江氏はこう話す。
「Bさんの事務所にはサンデー毎日が置いてあったね。Bさんは事業を盛り上げたくて仕方がないわけ。どんなものでもアドバルーンに仕立て上げる。その後、絵のことでT記者の取材を受けると、Bさんは毎日の記事が出る日を『Xデー』と呼び、『Xデーはそろそろだ』なんて言っていた」
問題の3月16日付の毎日新聞は、B氏の会社の受付に山積みにされていたという。毎日新聞は格好の「宣伝材料」になっていたのだ。
また、黒江氏はこんな証言もした。
「Bさんは、T記者のネットワークから、絵画のお客さんになりそうな、こういう人がいますよ、ああいう人がいますよ、という情報を流してもらっていたようです。ある日、Bさんが『客が来る』と言うので、誰の紹介ですかと聞いたら、『毎日新聞の紹介だ』と言っていたことがあります」
絵の価格を大きく左右する記事を書いた記者が、絵の売買にも関与していたとすれば問題だろう。
本誌7月20日号発売の数日後、毎日新聞の「検証チーム」の記者2人が、本誌が本当の「所有者」だと指摘した九州のA氏のもとを初めて訪ねている。黒江氏の自宅にも、毎日新聞の検証チームの記者が、本誌記事のコピーを持って訪れたという。黒江氏はこう話す。
「記事と事実関係との食い違いを細かく聞いてきました。私が『T記者のボーナスがなくなったりするんですかね』と冷やかしても、何とも答えなかった」
黒江氏の名前は、04年に米連邦捜査局(FBI)が逮捕したイラン人画商イライ・サカイの世界的な贋作詐欺事件に出てきたこともある。西洋美術史研究所を主宰する竹内陽一氏の600点近いコレクションの中にイライルートの贋作が多く含まれており、黒江氏がその「竹内コレクション」の画集に推薦文を寄せていたのだ。
「竹内さんからは、修復の仕事をもらってました。鑑定はほとんどしてません。竹内さんはお客様で、推薦文を頼まれれば断れませんよ。コレクションのほとんどがコピーでしたから、ものすごく苦労して、差しさわりないように、推薦文を書きました」(黒江氏)
「鑑定率5割でしょうがない」
黒江氏の鑑定では市場で流通しないという評判について、本人に聞いてみた。
「そういうことはわかっています。ヨーロッパの画商の常識は、私の常識でもある。毎日新聞だけでしょう。浮き上がっているのは」
ではなぜ、問題の絵を「真作の可能性が高い」と鑑定したのか。黒江氏は言う。
「Bさんが売りたがったし、私も売れてほしいからです。私を信用して、投機的にお金を出す人が見つかったらいいねと考えていた」
黒江氏の鑑定は当たり外れが五分五分だとい、声があることも本人に伝えた。
「うん、でも、半分正しければいいんじゃないですか。打率5割で。これはしょうがない」
黒江氏はあっけらかんと笑って、そう答えたのだ。
新たに毎日新聞社に質問状を送ったところ、大阪本社・若菜英晴社会部長から回答があった。
黒江氏とB氏との関係や、黒江氏の鐵定の評判などを記し、鑑定の客観性への見解を尋ねた質問には、
「鑑定人の経済事情や、鑑定後の鑑定人と依頼者との関係が、今回の鑑定の公平性、中立性を損なった事実はないと認識しています」
と、どこまでも「黒江鑑定」を支持する構えだ。
その一方、黒江氏がT記者の絵の売買への関与を証言したことについては、「そのような事実がなかったことを確認しています」
と、一転して黒江発言を否定した。
本誌報道の後に慌てて進めている「検証」の結果を公表したり、記事を訂正する予定はあるのかなどと問うと、
「絵の来歴などについて調査を進めており、裏付けが取れ次第、しかるべき対応を取ります」
と答えた。最後に本誌への今後の対応を尋ねると、回答はこうだった。
「絵の世界に精通した人物から取材し、その結果を記事の主要部分にしているうえ、内容も『真作の可能性』としており、断定していません。しかし、貴誌の一部広告の見出しで『でたらめ』とし、記事を捏造したかのような印象をいたずらに流布したことは、容認しがたいものがあります」
抗議文で「真作の可能性が高い」と書いていた表現を、今回は「断定していません」に弱めてきたが、強気の姿勢は変えていない。ちなみに「でたらめ」という言葉に「捏造」という意味は含まれない。辞書を引けば簡単にわかることである。 上田耕司、七尾和晃
出典
『週刊朝日』2007年08月10日号(第112巻第39号通巻4831号、2007年07月31日発売)146〜148ページ。強調は勝山剣光堂ニュース。
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- 「新聞報道の意義 本紙記者が説明 太子高で出前授業」毎日新聞、2013年09月19日 {kn}
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