告発スクープ 大丸松阪屋がひた隠す9200万円〝刀剣詐欺〟事件
週刊文春 2014年02月06日
〝東京駅の顔〟と言われる老舗デパート、大丸東京店(株式会社大丸松坂屋百貨店傘下)。その十階にある美術・宝飾品売り場で、ある異変が起こっていた。
大丸関係者が声をひそめて語る。
「昨年五月、なんの前触れもなしに突然、大丸の刀剣コーナー『刀剣柴田』が閉店したのです。開設してから四十年以上の売り場でしたが、閉店の理由は一切説明されなかった。どうやら隠蔽しなくてはならない不祥事があったようなんです」
全国の刀剣愛好家の間では有名だという大丸の刀剣売り場。「刀剣柴田」本店は銀座の一等地にあり、社長の柴田光隆氏は人気番組「開運!なんでも鑑定団」(テレビ東京系)に刀剣鑑定士として出演するなど、斯界の第一人者である。
そこで取材すると、大丸東京店で、なんと一億円近い〝刀剣詐欺〟事件が起きていたことがわかったのだ。
被害に遭った、関東近辺で精密機器製造会社を経営するA氏が語る。
「私は出張で月に二回ほど東京に行き、東京駅の大丸を使っていましたが、いつも立ち寄るメガネ売り場の隣に刀剣売り場があった。見ているうちに日本刀の美しさに魅了されるようになり、三年前に三百万円の『筑前信國』を大丸カードで買ったのです」
それをきっかけにA氏は昨年五月までに七振りを購入。売り場担当者はB氏という古美術専門三十年のベテランだった。
大丸は「何ら責任を負ういわれはない」
「美術品の刀剣はほったらかしにすると錆びついたりすることもあり、メンテナンスや保安上、業者に預けることはままあります。Bさんが『きちんと金庫で保管しますから大丈夫ですよ』と言うので、私も刀剣三振りを預けていました。
私はその後、刀剣のコレクションを自宅に飾るため刀剣箪笥をあつらえることにして、昨春、ようやく完成しました。そこで預けておいた三振りを戻してほしいと言ったところ、なんと『いまはここにない』と言うのです。再三催促しても言い逃ればかりで、刀を渡すこともお金を返すこともありませんでした。結局、店をたたんでしまい連絡もつかなくなり、どうしようもなくなってしまった。トラブルが発覚して、Bさんが大丸社員ではなく、『刀剣柴田』の従業員だと知りましたが、いずれにしても信用ある百貨店で買っていたわけですから、このようなことが起こるとは今も信じられません」(同前)
問題の刀剣三振りの総額は九千二百万円。いずれも海外への流出が制限される「重要美術品」や「重要刀剣」に認定されている。
「刀 山浦環正行」は刃長二尺五寸、反り五分五厘、天保十年(推定)の作。幕末に活躍した名匠、源清麿によるもの。この名刀をA氏は二〇一一年十一月に三千八百万円で購入した。
「太刀 長光」は鎌倉中後期の備前を代表する名工、長船長光による渾身の一作。長光は、国宝・重要文化財に指定されている品が全刀工の中でも一番多いという。A氏はこれを二〇一二年五月に三千六百万円で購入。
「無銘 法城寺国光」は、江戸幕府御鍛冶を許され寛文から延宝期に隆盛を極めた法城寺一派によるもの。A氏は、二〇一二年六月に一千八百万円で購入した。
A氏が続ける。
「代金を支払った際の領収証にも『株式会社大丸松坂屋百貨店大丸東京店10F刀剣売場』とありましたから、私はあくまでも大丸と取引していると考えています。そこで弁護士を通じて大丸松坂屋に、保管してある刀剣を返してくれるよう通知書を送ったのです」
しかし大丸松坂屋からの返答は、以下のようなものだったという。
〈当社は、売上仕入契約に基づき、刀剣柴田やB氏に対し、顧客に商品の販売をする業務を委託していた。しかし、顧客から何の理由もなく商品をただ保管するためだけに預かる業務などは一切していない〉
と説明し、A氏が受け取った預かり証についても、
〈当社が発行したものではなく、正式な預かり証ではない。当社は、刀剣を預かっていないから、お渡しすることはできない。(中略)無断で当社の伝票等を個人的な取引に不正流用していたことが発覚したため、当社は、B氏に対する刑事訴追も検討している〉
とする。そしてこう締めくくっている。
〈当社はまったく預かり知らないことであり、何ら責任を負ういわれはありませんから、今後は、B氏に対してご請求され、くれぐれも当社を巻き込むことがないよう申し入れます〉
納得のいかないA氏は、昨年八月五日、大丸松坂屋を相手取り、刀剣購入代金九千二百万円の返還を求める訴訟を起こし、現在も係争は続いている。
ではA氏の刀剣はどこへ行ってしまったのか。
小誌は事件の張本人、B氏をつかまえ、問いただしたところ、同氏は謝罪し、涙ながらにこう告白した。
美術品専門の質屋に入れた
「実は、大丸と刀剣柴田から重い売上げノルマが課せられ、それを達成するために架空ローンを組んで売上げをかさ上げするなどして、粉飾決算をしていたんです。それが二年ぐらい前から綻びはじめた。そこでAさんから預かった刀剣を美術品専門の質屋に入れて〝運転資金〟に回していたら、誤って流れてしまった。もちろん私が悪いのですが、大丸も刀剣柴田も売上げを粉飾していたのは絶対に知っていたはず。売上げの一六%は大丸に納めていましたし、お客様からの刀剣を預かることも、歴代のフロアマネージャーは把握していた。領収証も預かり証も間違いなく本物です。大丸が関係ないというのなら、責任逃れでしょう」
今回の件について、まず刀剣柴田の柴田光隆社長に聞くとこう答えた。
「弁護士と相談して、関係者に納得のいくような対応を考えています」
一方、大丸松坂屋広報部はこう話した。
「現在、裁判は継続中です。しかしこれは店長(B氏)の私的取引で、当店に売上げ計上の記録はありませんし、店として刀剣を預かっている事実はありません」
しかし、A氏の代理人、黄川田純也弁護士はこう語る。
「大丸の刀剣売り場に置かれている商品は、大丸の商品以外には考えられません。その大丸商品に関して、大丸の売買契約の締結の代理ないし代理請負人であるB氏が勧誘して、その勧誘に顧客が応じ購入したとき、その契約に関して大丸が責任を負わないのはおかしい。そのうえ大丸は刀剣柴田との契約書で取扱い商品の搬入や搬出のルールを守るということを定めています。そうしたルールをテナントが破り、客とトラブルが起きた場合、大丸の管理責任が問われるのは当然です」
百貨店の「信用」について、経済誌記者はこう語る。
「昨年秋、日本橋三越や新宿伊勢丹など多数の大手百貨店のレストランで誤表示が発覚した。多くは百貨店直営ではなく外部テナントによるものでしたが、百貨店側が記者会見などを開き、謝罪している。何か問題が起きたときにテナントのせいにして自ら責任を取らないということは、百貨店のブランドを信用している顧客には通用しないでしょう」
この問題の対応次第では、長く培ってきた大丸松坂屋の「信用」も揺らぎかねないのではないか。
出典
『週刊文春』2014年2月6日号(第56巻第5号、2014年01月30日発売)42〜43ページ